暑い日のギャラリートーク終了
去る21日土曜日、ギャラリートーク「常設展示をじっくり見よう」の
第2弾として、「郵便荷物合造車」を開催しました。中央ホームのスハニ50
と手宮ホームのキハユニ25が主役となりましたが、とにかく暑い日でした。
参加されたお客様も、暑い中で大変だったと思います。暑い日の野外行事は
もっと工夫が必要だなあと痛感しました。
開催に合わせ、ミュージアムコミュニケーター全員で、車内の清掃を行い
ました。壁や床もきれいに磨き、ホコリをはらって、見違えるような美しさ
でご覧いただくことができました。みんなお疲れ様!
なお、小樽ジャーナル8月22日付けで、開催の様子が報じられました。
http://otaru-journal.com/2010/08/0821-3.php
タグ: キハユニ25, スユニ50, 常設展示をじっくり見よう, 郵便荷物合造車






2010/08/23 at 9:27 pm
保存車輌の清掃作業、ごくろうさまです。
このような活動により、各車輌の保存状態がが維持されているのだと、とてもうれしい気持ちでいっぱいです。
私は、昨年のゴールデンウィークにスエ78が見たくて、小樽の総合博物館に伺いました。
その時のスエ78は、木製の雨樋が朽ち果てて、下に落ちているなど、残念な状態でした。
しかし、こちらの「保存車輌解説」の「36.スエ78 5」を見ると、
雨樋も修復され、補修作業の最中の画像と見受けられました。
本当に、ありがたいことです。
保存車輌は、どの車輌も貴重な車輌ですが、私にとっては、スエ78にとても思い入れがあります。
マロネ37350形として登場し、戦時改造、戦災廃車、戦災復旧という波乱万丈な人生を送った3軸ボギー車です。
スエ78 15がすでに解体されてしまった現在、スエ78 5は、末永く保存していただきたいと思っています。
これからも、ご活躍ください。
2010/09/06 at 7:55 am
ありがとうございました。また、スエ78 5に関する温かいご声援、車両になりかわり、感謝申し上げます。
スエ78 5は、動態保存車両を除くと、当館の屋外展示車両のなかでは最も古い車両です。
ご教示のとおり、スエ78 5は昭和5(1930)年、マロネ37350形として誕生し、車両称号規程の改正によって昭和16(1941)年にマロネ37 55に改番。しかし第二次世界大戦中に国鉄大宮工場で戦時改造を受け、3等普通客車へ格下げされてマハ47形(マハ47 55)となります。そして戦災に遭遇。焼け落ちた車体はいったん廃車扱いとなりますが、昭和22(1947)年に富士産業において、オハ77形(オハ77 20)として復活。いわゆる「戦災復旧車」である70形客車の仲間入りをします。昭和28(1953)年に3軸ボギー車の形式に関する称号規程の改正でオハ78 20と改番。翌昭和29(1954)年には、国鉄旭川工場において、郵便荷物車マユニ78形(マユニ78 7)に改造。昭和40(1965)年、国鉄旭川工場にて、ついに救援車スエ78形(スエ78 5)となります。以来、昭和61(1986)年に廃車となるまで、北見客貨車区遠軽支区の片隅で、緊急時の出動を待機していました。
戦災復旧車として数奇な運命を辿ったスエ78 5の歴史は、激動の昭和の鉄道史そのものと言えるかも知れませんね。実物車両の保存を通じて、こうした歴史をいつまでも語り継いでいくことができるよう、これからも車両の保全に尽力して参ります。
なお、現在、館内の展示車両に関する車歴など資料情報の確認作業を行っていますが、多くの車両について、まだまだ判明していないことが多々存在します。スエ78 5に関しては、旧形式時代の写真や、いつ、どこで戦災に遭遇したのか?などの記録を探しています。もし情報をお持ちでしたら、お寄せいただけましたら幸いです。
今後とも小樽市総合博物館の保存車両につきまして、ご支援・ご声援の程、宜しくお願い申し上げます。